役立つ情報がわかりやすく手に入る

Vol.6 言語の序列を超えて

2010年9月8日発行

こんにちは、ゴビ太郎です。ボクは日本人で現在中国で暮らしているわけですが、母国を離れ海外で生活していると、どうしても国と国であるとか、日本人と外国人とか、いわゆる国家とか国籍とか人種とかそういったものを意識するようになります。これはおそらく母国に住んでいるだけではなかなか意識しづらいことだと思います。たまたま外国に住むチャンスがあって、そういうことを考えることができるようになった自分がとても幸運に思えます。

そのようなわけでこのコラムはどうしてもそんな内容が多くなってしまいがちかもしれませんが、読者の皆様にはご了承いただきたくお願いいたします。と言うのも、このコラムはボクが好きなことを書いていいということでスタートしているのですが、どうやら今のボクはどうしてもこういうことを書きたい気分のようだからです。時間が経つにつれ書きたいことも変わってくるかもしれませんので、末永くお付き合いいただけましたら幸いです。

さて、ボクは実は2008年から2009年にかけて約1年ほどアメリカでも生活したことがあります。今回のコラムはこのアメリカのときの生活と現在の中国での生活を比較して感じたことを少し書いてみようと思います。

ボクの場合、アメリカの時の生活と中国での生活で大きく異なる点があるのですが、それは中国での生活ほうが言語によるストレスが少ないと言うことです。その意味をお伝えする前に、アメリカの時と中国の時の言語に関する経験を少し述べてみたいと思います。

① それぞれの経験

2008年にアメリカに渡ったときは大学の交換留学生としてでした。英語は中学、高校の6年間に加え、大学に入った後も留学に向けて勉強したので、単語量や文法に関してはかなり理解していたと思います。聞くのはなかなか慣れていませんでしたが、読むほうはそこそこ読めたし、言葉に出して伝えることに関してもとりあえず何とか言いたいことは伝えられたと思います。

一方、中国に来たのはたまたまでした。仕事のきっかけで偶然中国に住むことになったのですが、中国語に関しては、社会人になってから趣味で少し勉強した程度で、中国に来たときは恐らく中学1年生の英語力程度、あるいはもっと下だったと思います。しっかり言葉を勉強して中国に来たというわけではありませんでした。中国に来た後はすぐ仕事。当然言葉はできませんので、日本語ができるスタッフに頼ることになりました。働きながら独学で少しずつ言葉は覚えていきましたが、最初の2、3年は単語量は少ないし、文法もよく理解していないし、せいぜい中学2年生の英語力程度に成長したくらいだったのではないかと思います。ちなみにボクは現在中国に来て4年が経ちます。4年目からは家庭教師をつけてキソから勉強し始めましたので、今は中学3年生の英語力くらいになれたような気がします。

以上が2ヶ国での簡単な言語にまつわる体験ですが、これらを見ると、読者の皆様にはアメリカのほうがストレスが大きかったということが一見不思議に聞こえるかもしれません。言葉を理解できたアメリカのときのほうがストレスなく生活できたのではないか、と思われるかもしれませんが、実際はその逆でした。アメリカのときのほうが言葉で悩むことが多く、中国では比較的気持ちに余裕を持って生活できたのです。

② 言語の序列

理由はいくつかあると思いますが、一番大きいのは言語の順位性によるものではないかと思います。ボクの勝手な考えですが、英語、日本語、中国語を考えた場合、不等号で表すと英語>日本語>中国語となるような言語上の序列があるように思うのです。どのような意味での序列かというとなかなか説明が難しいのですが、その言葉を母国語としている人から見た場合、「学ばなければならない」と思う強さとでも言いましょうか。

日本語を中心として考えた場合、日本語を母国語としている日本人は英語を「学ばなければ」と強く思うと思いますが、中国語をそれほど学ぼうとは思わないような気がします。日本人が英語ネイティブの外国人と話をする時、英語ができないとちょっと恥ずかしい気持ちになりますが、中国人と話をする時中国語ができなくてもそれほど恥ずかしい気持ちになりませんよね。

少し別な見方をすると、英語圏の外国人(特に欧米人)が日本に来た場合、彼らが日本語をできなくても「まぁ外国人だから」とある程度大目に見ても、中国人などのアジア人が日本に来た場合、日本人は彼らに日本語使うことを期待し、あるときは要求する傾向があるような気がします。

そしてアジアの代表として中国を取り上げてみると、中国に来る日本人(主にボクのようなビジネス関係者)は中国人に日本語を話すことを要求し、自分たちは日本語で通してしまいがちです。逆に中国人は仕事をするためにも必至で日本語を覚えようとします。

また、英語を母国語とする人は外国人と話す時ためらいなく英語で話をしようとし、気を遣って相手の国の言葉で話をしようとすることが結構少ないような気がするんですよね。まぁ、そんな感じでの序列です。そんな感じでの序列ができた原因は、歴史的背景などからアジア人は欧米人に対して無条件の劣等感を感じる傾向があることと、アジアの中で考えた場合は日本が経済力の面で優位性を持っていることが関係しているような気がします。あくまで個人的に勝手に思っていることですけど。

 

何はともあれ、上記のようなことが理由で言語によるストレスの違いがあったような気がします。10年間必至になって勉強した英語での生活より、まったく勉強しない中国語での生活のほうが非常に楽に感じたということです。変な話ですけどね。

もっともその他の理由もあると思います。仕事をするために中国に来たわけですが、日本で身に付けてきたことのほうが仕事技術的に優れていて、それを中国で使えたため優位性がありました。それから、何よりも経済的な優位性があることは非常に強みとなりました。ちょっとくらい損をしても大きな打撃にはならないんですね、幸運にも。

そのようなわけでボクはこの4年間比較的環境に甘えて生活してきてしまったのですが、時々こうやって自分がいかに恵まれているかを確認して、自分を取り巻く環境を作ってくれている様々なことに感謝しなければならないと思うですね。そしてアメリカ時代なかなかコミュニケーションがとれず苦労しながらも必至になって使おうとした英語のように、中国でもできる限り中国語を使って現地の人たちと交流していく姿勢を持つ必要があるなと思っています。

まだまだ未熟ですが、自分ができることを一つずつ実行していきたいと思います。
がんばろう。

Comments are closed.